arrow-01 arrow-02 icon-search icon-play icon-scroll

クオリティオブライフ(QOL)

約100年にわたり、宇宙分野に貢献してきたニコン。カメラだけではない、宇宙を切り拓く技術力 宇宙飛行士 野口聡一×ニコン

約100年にわたり、宇宙分野に貢献してきたニコン。カメラだけではない、宇宙を切り拓く技術力 宇宙飛行士 野口聡一×ニコン

1920年に初めて天体望遠鏡を発売して以来、宇宙分野にさまざまな貢献をしてきたニコン。その高い技術力はNASAからも評価され、現在、国際宇宙ステーションのカメラとレンズはすべてニコンの製品が使われています。宇宙関連事業にニコンはどのような想いで取り組んでいるのか、そして今後の展望とは。

今回はキャスターとして活躍する奥井奈南さんをモデレーターに、宇宙飛行士の野口聡一氏、ニコン馬立 稔和社長、光学技術の設計・開発に長年携わり、光学のスペシャリストである大村 泰弘常務執行役員とともに、宇宙とニコンのつながりと未来について解き明かします。

国際宇宙ステーションにあるカメラとレンズは全てニコン製

奥井:野口さんとニコンの関わりについて、宇宙のエピソードを交えて教えてください。

野口:国際宇宙ステーションにあるカメラとレンズはすべてニコンの製品が使われています。1971年のアポロ15号の時代から月面で使うカメラはニコン製なので、圧倒的な宇宙分野への貢献があります。極限環境でカメラを使う宇宙飛行士のニーズにも応える高いクオリティと信頼性を持っているのがニコンの製品ですね。宇宙空間でとっさに天体の写真を撮るときも、撮りたい画が撮れる。今はNikon D5が配備されていますが、それらが宇宙飛行士の撮影作業を支えています。

奥井:カメラが趣味の野口さんから見て、ニコン製のカメラのどんな点が宇宙飛行士に選ばれていると思いますか?

野口:宇宙飛行士だけでなく、世界のプロフェッショナルに選ばれていますよね。カメラマンから探検家まで、どんな環境であってもカタログどおりの性能で写真が撮れる。現在、国際宇宙ステーションには100種類ほどのレンズが常備されていますが、光や温度の状況が刻一刻と変わる宇宙空間でも、こちらの望む画が撮れる安心感があります。

宇宙空間から地球の雲を撮るケースがありますが、雲はフォーカスを合わせるのがとても難しいのです。人の顔であれば目、山であれば頂上にフォーカスすればいいのですが、雲は基本的に光のメリハリがない上に濃度もない。撮影で大事な要素はフォーカス・露出・構図の三つですが、最近のカメラでは露出と構図については撮影後に調整が可能です。ニコンのカメラは画像処理エンジンも優れているので、撮影者が上手くフォーカスを合わせることができれば、非常に満足のいく写真が撮れます。

宇宙から見たサハラ砂漠の砂嵐
爆弾低気圧に覆われる北海道
世界遺産 ヴェネツィア大運河
ISSから撮影した、逆さ富士

宇宙空間での細かい作業の様子をコンマ数ミリで再現

奥井:宇宙ではどのようにニコンのカメラが使われているのでしょうか?

野口:基本的には船内の記録や実験結果の撮影がメインですが、なにか機材が壊れたときもニコンのカメラは活躍します。壊れた機材のサイズや状態を地上部隊に正確に伝える必要があるのですが、そこで使うのがマクロ撮影(※1)です。ネジのサイズが合わないときは焦点距離105ミリほどのマクロレンズを使って撮れば、コンマ数ミリのサイズを正確に再現できます。望遠レンズや広角レンズでも拡大して撮影はできますが、正確なサイズは分かりません。それ以外では、宇宙飛行士が集まって集合写真を撮るときもニコンのカメラにはお世話になっています。
(※1)被写体を通常より拡大する撮影法。

奥井:ニコンのカメラが宇宙で使われるようになったのは、どのような理由からですか?

馬立:私どもは1950年頃からカメラを開発していますが、当時はカメラといえばドイツメーカーのライカやツァイス・イコンが非常に有名でした。後発のニコンが世界的に知られるようになったのは、その耐久性です。極限状態の中でも作動してシャッターが切れる。プロフェッショナルの期待に応える高い性能と信頼性が評価されて、NASAに採用されるようになりました。

ニコンのカメラは宇宙でも活躍

最近のNikon D5は宇宙仕様に手を加えることなく、宇宙においてもほぼ既製品の状態で使われていると伺いました。宇宙空間は真空で、太陽の光が当たる場所と当たらない場所では大きな温度差が発生するので、地上よりも過酷な環境です。当初はカスタムを施していたようですが、今では船外使用時にカバーをするくらいで、ほぼノーカスタムで使われています。これは私たちとしても非常に誇らしいです。

デジタル天体望遠鏡で、子どもたちに美しい地球と宇宙の姿を

奥井:カメラ以外でもさまざまな製品が宇宙で使われているそうですね。

大村:ニコンは1920年に初の天体望遠鏡を発売して、それ以降も天文台向け大型望遠鏡から人工衛星に搭載される光学系(※2)まで多くの天体宇宙関連機器を製造してきました。2010年に打ち上げられたJAXAが開発した金星探査機の「あかつき」にも多くの光学系を提供しています。それだけ宇宙とニコンには深い関わりがあります。
(※2)光線の性質を利用して物体の像をつくる機器。

金星探査機「あかつき」©JAXA

馬立:実はニコンは25年ほど前に天体望遠鏡の販売を中止しています。皆さん「ニコン=カメラ」の会社というイメージが強いかと思いますが、それ以外にも半導体製造装置や産業用ロボット用部品なども製造しています。ニコンという会社をより多くの人に正しく知っていただくためにはなにが必要なのかを考えたとき、私が小さい頃に憧れた天体望遠鏡を再度開発するのが有効かもしれないと思いついたんです。

いろいろな経営者の方から「僕は天体が好きなので、ニコンで望遠鏡をもう一度つくってください」なんていわれることもありました。そこで、デジタル天体望遠鏡をフランスのユニステラ社と協同で開発することに決めました。

大村:我々が開発に関与した天体望遠鏡は、デジタル技術によって図鑑で見るような鮮やかな天体を見ることができます。これまでの天体望遠鏡の見え方は色鮮やかという訳にはいかず、星雲などの天体を観測しても白くぼんやりとした見映えでした。ここまで色鮮やかな天体を観測できるようになれば、子どもたちもより深く宇宙の世界に興味を持ってもらえると思います。

奥井:野口さんは学校で宇宙をテーマにした講演活動も積極的にされています。そこにはどういう思いがあるのでしょうか?

野口:科学技術立国の日本はテクノロジーを発展させることで成長してきたので、将来を担う子どもたちには理工学、技術系への興味を持って欲しいと思います。子どもたちにそんな世界に興味を持ってもらうために効果的なのが画像の力です。遙か遠くにある宇宙の星々や天の川銀河、月やオーロラの姿を伝えることで子どもたちに興味を持ってもらう。

宇宙から見た地球はどこを切り取っても美しいです。漆黒の宇宙に浮かぶ地球という水の惑星は、ほんの薄い大気圏というベールだけで守られています。そういった画像を通じて、子どもたちに宇宙と地球の姿を伝えていきたいと考えています。

人間以上の手と目を持つロボットが宇宙で活躍する未来

奥井:ニコンはどのような想いで天体分野の事業に携わっているのでしょうか?

馬立:人類は今後より一層、宇宙に進出しさまざまな探索をしていくでしょう。ニコンでは昨年「人と機械が共創する社会の中心企業」という2030年に向けたありたい姿を定義しました。社会を豊かにする基盤となる科学技術の発展に貢献していきたい。明るい未来を拓く技術やサービスを提供していきたいと思っています。そう考えた時に、新しいフロンティアである宇宙への貢献は欠かせないでしょう。そんな想いのもと、ニコンの得意とする光学系をはじめ、宇宙関連製品の部品を作るための工作機械の事業化も進めています。

具体的にはレーザーを用いた加工技術です。複雑な形状の加工や、加工による軽量化はロケットや人工衛星には欠かせない技術なので、人類が宇宙に進出して探索するためのサポートを続けていきます。

大村:2025年に人類を月面に送る「アルテミス計画(※3) 」では、最先端のロボットや機械が使われるでしょう。宇宙空間の作業現場ではニコンの「ロボットビジョン」のような、人間の目を再現した機械が活躍する余地が出てくるかと思います。
(※3)NASAの主導により、月面探査や月面基地の建設を目指すプロジェクト。

馬立:今のロボットにおける課題は目と手にあります。人間の目は視野がそこまで広いわけではなく、解像度も限られているのに、距離を正確に把握したり、急激な変化を察知したりできる。現在のカメラとは次元が違う性能を備えています。そんな人間の目を超えるようなテクノロジーを実現することが一つの大きな目標です。

人間の手と指も高性能ですよね。大小問わずなんでも掴めますから。我々は今後、ロボットの目と手にイノベーションを起こし劇的に進化させます。人間が手がける作業の多くをロボットに任せられるようになれば、人間はもっとクリエイティブな仕事に集中できる。それが未来の発展につながるでしょう。

宇宙品質のプロダクトを誰もが手にできる時代

奥井:野口さんがニコンに期待することを教えてください。

野口:先ほどお話ししたように今は特別なカスタマイズを施していない、店頭に並んでいるNikon D5がそのまま宇宙空間で使用されています。そのクオリティに驚きですね。逆をいうと、消費者の方も宇宙品質のプロダクトを使っているということです。これまでは「宇宙で使われるプロダクトの価格は、既製品にゼロを3つ加えたもの」なんていわれていましたが、現在は店頭と同じ価格のプロダクトがそのまま宇宙で使われている。これはすごいことです。

アルテミス計画で使われるテクノロジーが地上の製品にフィードバックされれば、消費者はよりよい製品を手にできますし、地上の製品がそれだけ進化すればアルテミス計画にも反映される。そういったプラスの相互作用が生まれるでしょう。

個人的にはニコンさんが持つレンズやセンサー技術を取り入れたウェアラブルデバイスに期待をしています。今のところウェアラブルデバイスの画質は二の次で、軽量性とデータの伝送性に重きが置かれています。ニコンならではの技術でクリアな映像が撮れるようになれば、より進化したデバイスが実現するでしょう。

奥井:最後に、昨年JAXAを退職された野口さんの今後の展望を教えてください。

野口:今年に入り14年ぶりに2人の日本人宇宙飛行士が誕生しました。これから、人類は再度、月に行きます。私はすでに第一線からは離れていますが、後進のために私たちの経験はもちろんのこと、写真を撮るためのノウハウも伝えていきます。若い世代に刺激を与えて、未来への明るい展望につなげていきたいですね。

※所属、仕事内容は取材当時のものです。